桐生うどんと白滝姫・明治の民家

桐生うどんと白滝姫

今から千三百年前、空海(弘法大師)は、唐より「切り麺」としてのうどんの製法を出身地である讃岐に伝えました。その後、都が京に移った平安時代に賦役(税の一つ)でこの地(現川内町)から京の都に上がり、御所で働いていた山田奴(おのこ)<久助>は賦役が終わり相思相愛の仲になった白滝姫(皇后さまのおそばに仕える官女)を嫁にめとり、二人して里帰りすることになりました。そして長旅をおえ、この地に着くなり白滝姫は京の小倉山に似ているところから、川内五丁目を似た山(現仁田山)、一、二丁目を小倉と名を付けたと伝えられています。

白滝姫は実に豊富な知識とたくさんの技術をもっていました、その知識と技術を姫は惜しげもなく里の人達に分け与えました、とりわけ養蚕と機織りの技術は見事なほどに里に普及し、定着しました。その忙しいなか、食生活においても山田の里で取れた麦を使い、野菜と一緒に煮込んだ『切り麺』が大変評判になったのです。都育ちの白滝姫でしたから、桐生の里で作ったうどんは関東でありながら京風に近いうどんとして親しまれています。白滝姫の生前の尽力に感謝した村人たちによって、仁田山郷に一社を建立し白滝姫を機神様として祭神に迎え白滝神社として尊崇されています。
(桐生市史、山田郡誌、桐生の今昔等々の文献を参照)


明治の民家

織物をはじめた頃の家相図
明治から祀っている機神様
玄関



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